松本安生
本研究の目的は、視覚化された気候変動に関するデータの提供が、一般市民の気候変動問題の認知や気候変動への不安にどのような影響を与えるかを明らかにすることである。神奈川県相模原市において無作為抽出した20歳から69歳までの市民2000人を対象に郵送法により、一般的なグラフ形式の情報提供(統制群)と視覚化されたデータの情報提供(実験群)を行った。事前及び事後調査の結果から、統制群(131名)ではすべての気候変動問題の認知と気候変動への不安で統計的に有意な変化はみられなかったが、実験群(132名)では、現状及び将来の気候システムの変化に対する認知が有意に増加した。また、現状の気候システムの変化に対する認知の変化を従属変数、情報提供への評価及び回答者のデモグラフィック属性を独立変数とした二項ロジスティック回帰分析を行った結果、認知の変化にはデザインの親しみやすさや文章の読みやすさが重要であることなどが示された。
キーワード:情報提供,データの視覚化,気候変動問題の認知,気候変動への不安
松本安生、松本美紀
本研究の目的は、気候変動により高潮などの影響が懸念される東京湾沿岸地域を対象として、東京湾という場所への愛着と気候変動による被災不安という感情的要因が、地域住民の気候変動の緩和策や適応策への取り組みに与える影響を、インターネットによるアンケート調査をもとに明らかにすることである。このため、東京湾沿岸地域に住む18~69歳までの成人男女を対象としたインターネット調査を実施し、合計864 名から回答を得た。分析の結果、地域愛着が高いほど、また、状態不安が高いほど、対策行動を行っていることが明らかになった。ただし、その影響の大きさについては対策行動により違いがみられた。適応行動や長期的な緩和行動においては、状態不安よりも地域愛着がより強く影響していると考えられる一方、現在的な緩和行動においては、状態不安と地域愛着が同程度に影響していると考えられる。なお,特性不安は対策行動と有意な関連がみられなかった。
キーワード:地域愛着,気候不安,気候変動対策行動,適応行動,緩和行動
齋藤楓美
本稿の目的は、授業開始のあいさつ場面に着目し、学級集団の変容を「成熟」概念を用いて捉え、学級の成熟が当事者たちによってどのように立ち上げられ、どのような過程を経て定着していくのかを明らかにすることである。学級のあるべき姿を一般化する研究や、学級集団の状態を計量化して明らかにする研究では、教師や児童が生きている現実に接近できない。そこで本稿は、学級に長期的に密着し、学級で用いられるナラティヴを研究対象とすることで、教師や児童が構成している現実に接近した。分析の結果、学級の成熟とは、①必ずしも児童全員の変容を要するものではなく、ナラティヴによって立ち上げていくものであり、②課題性を変えることで前の課題をできたことにし、これを積み重ねていくことが学級の成熟であることが明らかになった。成熟はナラティヴによって立ち上げられる必要があるが、単に構成されるだけでは成熟は達成されない。児童たちが教師のナラティヴに応えて実態を改善させる必要もあり、教師は改善された実態を新たなナラティヴによって構成し直し、学級の成熟の一側面を達成させ、次なる課題に向かうのである。ナラティヴと実態の好循環を、教師が児童とともに産み出すことが学級の成熟過程なのである。
キーワード:学級集団,学級経営,エスノグラフィー,教育社会学
川嶋伸佳
本研究では、現代日本人の社会的不平等に対する態度の背景にある要因を分析するために、日本社会と地域のそれぞれにおけるミクロ公正感および所得格差認知を測定し、それらと社会的属性との関連を検証した。インターネット調査によって神奈川県在住の20~70代までの2400名から得られたデータを分析した結果、日本社会および地域における判断の両方で高所得者ほどミクロ公正感が強く、また所得格差認知が小さいという関係が見られたが、これは経済状況への主観的判断(経済的余裕度)によって説明されることが明らかとなった。一方で、年齢やいくつかの従業上の地位が日本における所得格差認知に対して持つ効果は、地域における所得格差認知では認められなかった。また、横浜市・川崎市以外の居住者は両市居住者に比べて日本社会におけるミクロ公正感が弱いが、地域におけるミクロ公正感において差は見られなかった。これらの結果は、日本社会と地域のそれぞれにおけるミクロ公正感および所得格差認知はその生成メカニズムが異なることを示唆している。
キーワード:社会的不平等,所得格差,多元的公正感,多元的格差認知,社会的属性
気候不安やその関連要因について調査した国内の研究がみられないなか、本研究では、日本において一般市民を対象にした気候不安に関するアンケート調査を実施し、気候不安の現状とそれらを規定する要因との関連について分析を行った。その結果、他者に対する不安やライフライン断絶の不安が高い一方、気候変動による自然災害に対する不安は相対的に低い傾向がみられた。また、因子分析から得られた特性不安と状態不安の2種類の気候不安と、近隣環境及び個人属性との関連について検証した結果、近隣環境では急な山の斜面が近くにあること、性別では男性よりも女性で、世帯人数では2人以上の回答者で、情報源ではインターネットよりもテレビを情報源とする人で、特性不安と状態不安のいずれにおいても不安感が強い傾向がみられた。また、居住年数では5年未満よりも20年以上の回答者で特性不安が強いことが明らかになった。
キーワード:気候不安,特性不安,状態不安,近隣環境,個人属性